原点

重い、苦しい負荷を掛けて、それですらすらと台詞が出るようになって、初めて台詞は自分の物となり、舞台上でどんなハプニングが起ころうとそれに負けずに演技は出来るようになる。

それを信じ、信条として演劇活動を続けて来た。そう、以前は新作上演事によく山へ行ったものだ。「マントラをお唱えですか」と言われた事もある。

そんな以前の自分がふっと頭を過り、先日陣馬山から高尾山への縦走を試みた。

AM3時30分起床。前日用意した物をリュックに詰め込み朝食(パン、コーヒー、茹で卵、ヨーグルト)時間が余ったので私のレパートリー作品の内「外郎売り」「注文の多い料理店・序」「あすこの田はねえ」「構成詩(永訣の朝、松の針、無声慟哭、雨ニモマケズ)」「めくらぶどうと虹」を当る。ボソボソとしかし考えながらじっくりと。AM5時34分のバスでJR八王子駅へ。そこから6時6分発高尾行きの中央線で高尾駅へ。そして高尾駅北口より6時18分発陣馬高原下行始発バスに。乗客は私を入れて5名(平日だったからかも。休日だったら登山客でもっと混んだであろう)車中で「革トランク」をボソボソと。誰も気に留めても居ない様子。ありがたい。6時52分陣馬高原下着。終点までの客は3名。2名のカップルは他へ行くとみえて、陣馬山へは私一人「五重塔」(2021年春初演予定)を稽古。誰も居ない山中。かなり大声で。気持良い。幸田露伴の名文と山中に唯一人という雰囲気に自分も酔ったみたいだ。8時15分に完了。約1時間30分。家で稽古している時とは20分程長い。山を登る速度が台詞の言い方に影響を与えたのだろう。8時25分陣馬山頂に到着。私一人。水を飲み、バナナを食べて休んで居ると一人又一人と3名の登山者が。曇っていて見晴しは悪い。8時45分「起てハムレット」(来春公演予定)を稽古しながら一路高尾山へと出発。泥濘んだ路、倒木などがあって歩き辛い。この間の台風の影響が。(この状況は高尾山まで続いた)9時25分明王峠へ到着。(この間約10名程の登山客と擦れ違った)9時35分「起てハムレット」完了。(大声で喋ったり、人の気配がすると声を落したり)9時40分「むかしあったとさ」(来夏公演予定)の稽古を始める。途中堂所山で関場峠方面へ行く84才の職人(板前)さんに会った。今日の山行のハイライト。そう、人生って思いがけない時に、思いがけない方法で一期一会を演出してくれる。さて、その方は三ヶ月前に奥様に先立たれ、ボンヤリと毎日を過していたが、これではいかんと少し前から外に出るようになったそうだ。その方が私にポツリポツリと話して下さいました。「71才まで店をやっておりましたが、それからは妻と二人で第二の人生を過そうと・・・そして春、秋の年二回、利根川の天然うなぎをメーンに、それまでお世話になったお客様をお招きして食事会を(無料で!)しかし、3.11の福島原発事故で「利根川のうなぎ」も汚染して使えなくなったのでそれも出来なくなり・・・。はい、私共には子供は有りませんので、妻は樹木葬を希望しておりましたので、その希望通りに。しかし、私はそう、利根川にでも散骨してもらえば。しかし、それもどうなる事やら・・・。そうです、生きている間はしっかりと、ちゃんと生きなければ、そうすればちゃんと死ねるんです・・・。では、又どこかでお会いしましょう・・・」(ありがとう、沢山の沢山の勇気、希望、夢、エネルギーを頂きました。私も、演劇をしっかりと創り、演じられる様に生きます)10時45分「むかしあったとさ」完了。11時5分景信山到着。昼食(持って来たトマト、キュウリのおいしかった事!)11時50分「虔十公園林」を稽古しながら出発。0時35分PM「虔十公園林」「なめとこ山の熊」完了(この頃から登山者もひっきりなし。従って台詞もボソボソと)0時40分「フランドン農学校の豚」を稽古。0時45分小仏峠、1時5分城山到着。(ここいらはもう大変な人々々!)大休止。水、食料をしっかりと採る。1時20分「フランドン農学校の豚」完了。「吾輩は猫である、第一部」を稽古しながら出発。2時45分高尾山頂に到着(人に聞かれない様にボソボソと)同時に「吾輩は猫である、第一部」完了。「吾輩は猫である、第二部」を稽古しながら出発。(さすがに疲れた。しかし足はまだシャンとしている)ゆっくりと下山。3時45分高尾山口駅に到着「吾輩は猫である、第二部前半」終了。今日はここまで(疲れた!)。3時55分発の電車に乗って5時頃帰宅。風呂に入り、夕食(大好物のカレーライス)を食べ「日本対ロシア」のラグビーをテレビ観戦。再度入浴後10時10分頃就寝。

翌日AM4時起床。5時より日課の公園でのトレーニング。いつもの生活が始まった。そう昨日と同じようないつもの今日が。それにしても昨日はAM3時30分から3時50分PMまで約12時間、よくぞ集中を切らさずに稽古(点検)が続けられたものだ。そう、私は本当に芝居が好きです。好きで好きでたまらないのです。これからもコツコツと一歩一歩楽しみ創り続けます。そんな自分を再確認出来た一日でした。職人(板前)さん、私もあなたに負けないように80才になっても、90才になっても、自分の好きな演劇を創造して、ちゃんと、しっかりと生き続けます!