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猫の呟き 一覧

猫の呟き

本当にあなたの欲しいものは一体何ですか


現在、飽きもせずに、「銀河鉄道の夜」の稽古に励んでいる。いや、稽古ではない。稽古の前段、いや、前段のその又前段の状況かもしれない。とにかく稽古らしきものはしているが、それがどこへ行き着き、どうなるかは皆目見当が付かない。とにかく、飽きもせずに喜んで、いそいそと励んでいる事は確かである。そしてその間に、常に、毎回のように、立ち止まり、突き当る処、それは、そう

本当に、あなたの欲しいものは、一体何ですか

この一事。

自分は、芝居が好き、表現が好き。後は、まあ好きな事もあるにはあるのだろうが、芝居、表現程、すぐに「これ!」というものは見当たらない。

では、その自分の好きな芝居、表現を、誰に、どうやって届けたいのか、共有したいのか、又それは可能なのか・・・。

そう、その相手は、共同者は、今現在「生きているその人。そして自分の芝居、表現を批評し、賛同し、応援してくれるその人」

となると、どうしても今と関わりを持たざるを得なくなる。今、この現在。今・・・今・・・今。

ここで考え込んでしまう。

今、「損得」で全てを割り切る今。

「便利至上主義」の今。

「ゆとり、廻り道」を嫌う今。

そして、そんな今を嫌い、付いていけない(付いていきたくない)自分。

・・・

そんな状況で、そんな今の中で自分は芝居を、表現を創造出来るのだろうか、又それは届くのだろうか・・・。しかし誰かが、きっと誰かが、批評し、応援し、共同してくれる。そう、その可能性に賭けよう。

本当に、あなたの欲しいものは、一体何ですか。

猫の呟き

やあ、又次のステージに

この頃どうも体調が変だ。特別にどこが悪い、変だというのではない。いつもの様にはいかないで、「あれっ、あれっ」という感じが残る。それがしばらくつづいて「ははあ、あれか」と納得する。

そう、体も、感覚も、七十代におさらばして、八十代のステージに移行したのだ。

この感じは七十代になってしばらくして初めて感じた事。

それまでは年を重ねてはいても、ガクンと変わったという感じはなかった。しかし七十代になってしばらくたってから「あれっ、何だか変だ。いつもと違う」というショックがあった。それがしばらく続いてから「ああ、これが老年になる事なのか」と納得がいった。そしてそれに対応した行動を考え、組み立てた生活を過した。

そして今、そう、もう一段上の「老年」に差し掛かったのだ。

そう、長生きするのも難しい。その段階段階に対応した生き方をしなければ人生楽しめない。

さて、今度はどう対応していくか。しばらくは右往左往の時期が続きそうだ。

猫の呟き

自分の可能性との闘い

「注文の多い料理店 序」「注文の多い料理店」「なめとこ山の熊」「雨ニモマケズ」の公演、沢山の方々が来て下さり有難うございました。

大多和勇の舞台を観に来て下さった方と、まもなく八十二才になる大多和勇を観に来て下さった方と両方の応援団の眼差しを感じました。

その二つの眼差しに答えられる様にこれからも励みたいと思っています。

創造者として

「もっと良いものをどこまで創り続ける事が出来るか」

「老いと闘いながら何才まで創るエネルギー、体力、気力、創造力が可能なのか」

「力まずに、ゆったりと、毎日のトレーニングを続けて、集中力、持続力、感動する心、それらをいつまで一つの創造に結び付ける事が出来るのか・・・」

楽しみです。生きる喜びです。

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空間が踊る

三月二十四日、「ワンダーボックス舞踊展」第七回を「府中の森芸術劇場、ふるさとホール」で鑑賞した。中井博子舞踊研究所「いまはむかし」中井恭子と表現考房ぐう作品「神々の試作品」に激しく心をゆさぶられた。

空間が踊っていたのです。当り前の様だが舞踊を鑑賞する時は踊り手を観る。私もそう鑑賞していた。が、観ているうちに、そう「空間が踊り出したのだ」踊り手と一緒になって様々な事を語り出したのだ。

びっくりした。思わず身体を乗り出して舞台に見入ってしまった。さらに驚いた事には、音の無い時、じっと動かない時の何と素晴らしい事、こっちの想像力が勝手に踊り出している。色々の物語りを紡ぎ出してくる。

舞台芸術の中心点、「空間の使い方」「間の大切さ」そして何よりも大切な「観客と一緒に創る」それを一度に教えられた。

そう観る事は大切な稽古。

これからも、そんな舞台に出合いたい。

猫の呟き

さて本番にどうやって辿り着くか

ひとり語り「銀河鉄道の夜」のセリフ覚え、ようやっと終り。約六十一分。よくぞ覚えたもの。自分でもその執念には恐れ入る。(もう、「演劇」「表現活動」以外には興味が向かないのかも)

さて、これからどうするか、どう舞台化するか。

セリフ覚えが終ってみると、それを「一人語り」として舞台化する事の難しさ、大変さがよく分かる。勿論、お金を沢山使って、照明、効果、音楽、装置、衣裳、映像等々を用いての舞台化ならそれなりの形が考えられるが、それは論外。いままで「くすのき」で創ってきた方法で、シンプルに、役者の表現(「語り」と演技)を中心に、生音を用いて、照明は地明かりでとなると、これは大変。

さて、さて、さて・・・。

まあ焦らずに、ゆっくりと、一歩一歩。

初めての玩具をもらった子供のように色々と楽しもう。その試みの楽しさ、面白さが舞台上に反映されれば・・・。そう、それを期待して楽しもう。

猫の呟き

無理をしつつ無理をせずに・・・?

「リウマチ性多発筋痛症」のCRPの数値の推移は次の通り。(昨年2023年度分)八月0.03(これが普通の値だそうである)

九月0.03、十月0.26、十一月1.42、十二月2.64

その時期の活動内容と照らし合わせてみると一目瞭然、つまり演劇活動が活発になればなる程CRPの数値は跳ね上がる。数値は正直にその事を示している。

十二月に診察してもらった時の医師の言葉。

「あなたと同じ時期に発病した同年代の方は、もう略(ほぼ)完治しました。だってもう引退していますから。しかしあなたはまだ現役。引退すれば完治も目の前ですが、まだまだ演劇活動は続けるおつもりでしょう。となると、これからもCRPの数値が良くなったり悪くなったりが続く事が考えられます。私も同じ様な年ですからあなたのお気持、よく分かります。まあ、あまり無理をせず、気長に治療を続けましょう」

「はい、よろしくお願いします」

そう、演劇活動はこれからも、身体と気力と意欲と記憶力と創作力が有る限りは続けていきたい。しかし発病してまったく動けなくなった時のあのショック、怖さは今でも鮮明に覚えている。

あれはもう絶対に嫌だ、二度と味わいたくない。でも演劇活動はこれからも、可能な限り続けたい。ならばどうすればよいのか・・・。

そう、無理をしつつ、無理を承知で、無理をせずに・・・。

まるで矛盾だらけ。しかし、夢を、自分の選択した人生を進むには、その矛盾を生きなければ。

そう人生は矛盾だらけ。この世も矛盾だらけ。

けれども授けられたたった一度の人生・・・。

生きる、生きる、自分の人生を。

たった一度の自分の人生を。

・・・さて、今月の数値は・・・

猫の呟き

二〇二三年の私は・・・

 今年も色々な事があり、色々な事をやりました。

 四月「マクベス一代記」公演。シェイクスピアが大好きな私にとっては、私の演劇人生の一つの大きな記念的舞台。いつか機会があれば再演したい。

(無理かもしれないが準備だけはしておこう。)

 四月「リウマチ性多発筋痛症」がリバウンドで又一からやり直し。

(動けなくなった時の恐怖感は今でも鮮明。まあ一生付き合うつもりでいるのが賢明かも。それにしても辛い)

 六月補聴器を初めて使用(身体の老いを重ねて実感。年々こういう事が増えてくるのだろう。)

 八月喜多方発21世紀シアター公演。久し振りで喜多方の蔵公演を体験。うれしかった。楽しかった。日帰り温泉も最高、そばもうまかった。初期の頃をなつかしんであちこち街を散策。

 十一月、本当に久し振りで四国(高知、徳島)での一週間のラボのワークショップの仕事。

(これが最後かも知れないので少し無理をして欲張って楽しんだ。きつかったが充実した一週間を楽しんだ。)

 さて来年は、そう明日は明日の風が吹く。来年も楽しもう。

(「吾輩は猫である」の台本を初演以来初めて書き直した。手書きなので約二週間かかった。書き直しながらの色々の発見が面白かった。再演は無理かもしれないが、自主稽古だけはちゃんとやっておこう。「銀河鉄道の夜」の「一人語り」の台本も完了。条件は困難を予測しているのに意欲だけは旺盛。まあ、「惚け予防」としての意味はあるかも。楽しんで、欲張らずに、ゆっくりゆっくりと進んでいきましょう。)

猫の呟き

久し振りの長旅への挑戦

十一月二十二日、午後の便で羽田から高知へ。空港ロビーで待ち合せをして、御遍路さん達が利用するという宿へ。こうゆう宿泊体験も初めて。

翌日は、高知ラボの表現ワークショップで、午前中は幼児と親達とで、始めに私の「一人語り」を十五分ぐらい観てもらい、それから「三びきのやぎのがらがらどん」を子供に、皆んなの前で読んでもらい(ドキドキしながら読んでくれました)お母さんに読んでもらい、三匹のヤギの違い(お母さんが小ヤギ子供が大ヤギを作る)、三匹のヤギが橋を渡る時の橋の表現、トロルの表現、最後に「三びきのやぎのがらがらどん」の三分以内の予告編を各グループで、十分間という条件の中で創ってもらいました。(出来ました!)すごい集中力と楽しみ方。

午後は大きな子達に「ナルニア国物語」のワークショップ。自分達だけで創った所までを見せてもらい、それから私のアドバイスを。私のやった事は、アクセントを付けて見やすくしただけ。(すごい)それから、創ってなかった所を創ってもらい(私の創り方を押し付けたくなかった)、それへのアドバイスを。それからがすごい!時間がギリギリだったが、最初から最後までを上演。そしてアドバイス。午後一時三十分から五時までびっしり。子供達の集中力、素直さ、真面目さに勇気をもらいました。

翌日は徳島へ移動するまでの約五時間(昼食を入れて)チューター二人へのテクスト読みのワークショップ。本当に心の底から面白がって、楽しんでくれました。高速バスで徳島へ。疲れてバスの中でぐっすりと寝込んでしまい、どこをどう通ったのかまったく覚えていません。

翌日は徳島のチューター達の前で私の「一人語り」を観てもらいました。「四作品、約一時間」(午前十時から午後一時頃まで)午後二時から八時三十分まで、夕食を挿んでのワークショップ。私の「一人語り」、ゲーム等を挿んでの「注文の多い料理店」を題材にしてのワークショップ。森を創ってもらい、三分以内の予告編を創ってもらいました。私の予想をはるかに超えた、子供達の集中力、創造力、空想力、楽しみ方。すごい!

翌日は午前九時から十二時まで、「あなた達の『注文の多い料理店』を創って下さい」との課題に見事チャレンジ。横割りでグループを作った結果が見事に出ました。その年令に相応しいそれぞれの作品が出来ました。しかも一回目と二回目では、まったく違ったとでも言えるような深い作品を創ってくれました。それも、三十分という条件の中で。

ありがとう、あなた方から沢山の勇気と喜びとをいただきました。

午後二時から四時三十分までは幼児と親を中心に、それまで活動していた何名かの子供達も参加して「三びきのやぎのがらがらどん」のワークショップ。ゲーム、私の「一人語り」を挿んでのワークショップ。二時間三十分。しっかりと集中して楽しんでくれました。ニコニコしながら帰って行く子供達の顔々々、「楽しかったです。ありがとうございました。今日のゲーム、家で子供達とやって楽しみます」というお母さん達の顔々々。

疲れたけれど充実感の詰まった疲れでした。

翌日は三人のチューター達と、台本読みのワークショップ。本当に楽しんでくれました。

翌日十二時十五分の便で、徳島から羽田へ。疲れたけれど、楽しい、充実した一週間でした。

猫の呟き

一つ一つ、一人一人に丁寧に

演技指導として関わった市民劇場TAMA「インディヴィジュアル・ライセンス」公演も無事終了。創る事の面白さ、難しさ、深さと同時に、市民劇団と関わる事の難しさを実感した。

市民劇団に参加して、働きながら演劇に携わるのにも色々な携わり方がある。

何年か、自分の日常の中に、何か彩りの異なったものを取り入れてそれを楽しんでみる為の参加、

専門に演劇に携わるのは断念したが、仕事と同時に、演劇も自分の人生の大切な一面として生涯関わっていきたい、

働きながら自分の演劇を創ってみたいとの決意での参加、

文化祭の乗りで、自分を目立たせたい、自分を多くの人に見てもらいたい。としての参加、

その他etc.

市民劇団はそうした異なった目的を持った人達がグループを作り演劇活動を継続していく所です。ですから、それらをまとめて公演活動を継続していくのには、プロと違った難しさ、面白さがある。

(「市民劇場TAMA」は今年で何と四十周年だそうです!)


私としては、少しでも、面白くて、その劇団の目指す、又その演出家の目指す舞台を創る為の一員になりたい。その為の刺激、アドバイスを確実に発信したい。(その為に私は頼まれたのだ)

しかし、劇団員の置かれている創造状況と私の創造状況とは当然ながらまったく別物。押し付けは絶対にしたくない。しかし出来る可能性を否定して「見切る」事だけはしたくない。そう、丁寧に、丁寧に。

「・・・うーん、ここは言うべきか、それとも・・・うーん、うーん・・・」

そんなこんなで、自分の、「くすのき」の公演とは違った、苦しみ、楽しみ、発見を沢山経験させてもらいました。

疲れました。が、楽しい疲れでもありました。


沢山の、色々な創造活動が生き生きと続いています。そう、自分の条件に合った創造活動を多いに楽しもう!

「リウマチ性多発筋痛症」数値下がらずに、薬は以前のまま。気長に付き合っていくしかない。

老いる事の難しさをしみじみと感じる。

四国のワークショップ楽しむぞ!

その為には準備、準備。そう準備を万全に。

猫の呟き

コツコツコツコツと

毎日、休みなく、コツコツと「銀河鉄道の夜」の台本創りと、劇中音楽「星めぐりの歌」「遠き山に日は落ちて」のメタルフォン演奏の練習と、十一月の高知、徳島でのラボワークショップ「三びきのやぎのがらがらどん」「おおきなかぶ」「ナルニア国物語」「注文の多い料理店」「なめとこ山の熊」の準備、練習を飽きもせずにコツコツコツコツと。

こういうところは自分は金細工の職人だった父親の血を色濃く引き継いでいる人間だと笑ってしまう。そう、良い悪いでなく遺伝。そんな事も、その人間に、色々の影響を与えているに違いない。人間は一人で人間になった訳ではない。人類の一分子、いや、宇宙の一欠片(ひとかけら)。自分の与えられた役割を、楽しんで、他の邪魔をしないで、ゆったりと・・・。でも、それが難しい。

そのコツコツの合間に「新潮日本古典集成」を読み返している。(もう何度目だろう。元は充分に取った。)

「与謝蕪村」の素晴らしさ、面白さを発見!(この年までそれが分からなかった事がむしろ驚きかも)

今までは「芭蕉芭蕉」と言っていたが(勿論「芭蕉」も素晴らしいし、面白い)この年になって、やっと「与謝蕪村」の素晴らしさ、面白さが分かった。

だから人生って面白い。

これからもコツコツコツコツと生きていこう。

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プロフィール

演劇企画「くすのき」は1988年(昭和63年)に、大多和勇、あきなんし、高塩景子の三人で結成。語り芝居という表現方法で宮沢賢治、夏目漱石、説経節作品を上演。2015年7月東京都国立市に劇団事務所移転。代表高塩景子

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