今、今が続いて・・・

酷夏もいつの間にか終り、そしていつの間にか秋。ことに早朝、体操の時と、一眠りして目を覚ます午前一時頃、特に「秋が来たんだ」と深く思う。

念願の「くすのき演劇研究室」も一段落。十一月公演の「起てハムレット」の稽古にも一段と力が入る。この公演の後はと、自分のスケジュールを考えてみる。

来年2021は、幸田露伴原作「五重塔」を春に。川上弘美作「神様2011」演出を夏に。そして秋には「むかしあったとさ」改定版を公演。

次の年2022は、夏目漱石原作「吾輩は猫である」を春に公演。説経節「かるかや(石童丸)」を夏、秋公演の演出。

次の年2023はW・シェイクスピア原作「マクベス」を春に公演。以前「くすのき」三人で上演した作品を一人芝居用に。考えるとすぐに行動に移すのはいつもの事。第一稿出来上り。しかし、うーん、難かしい。第一稿の余白にこんな覚え書きを。

 一人芝居ではなく一人語り

 演じるというよりも語る

 動きながら、音を出しながら、演じながら語る。

この謎のような覚え書きを三年かけて具体的な形、行動にする。これぞ創る面白さの醍醐味。この面白味を味わう事が面倒臭くなった時がおそらく、私の創造からの引き時。

その時はまだのようだ。

そして秋は夏目漱石「坊っちゃん」演出。

そして2024、春、W・シェイクスピア「リア王」の一人芝居を。秋は夏目漱石「夢十夜」演出。

「おい、2024て、お前八十二才だよ。大丈夫なのか。」

そう、まずは言ってしまう。口に出してしまう。そのプレッシャーの中で創り出していく。昔からの私のパターン。

そう記憶力、体力は間違いなく日々衰えていく、衰えている、これは厳然たる事実。だから、それに立ち向う為には、その厳然たる事実に立ち向っていく為には、気力、それから日々の具体的行動それが私の武器。

二十代はセリフは稽古場で稽古しながらでも覚えられた。それが五十代、六十代、七十代と段々と衰えていって。そう、今ではセリフを完全に自分のものにする為には二年はかかる。だから焦りからでなく、自分のやりたい事を実現する為には、その時間、行動を、自分で具体化する。それが夢を現実にする道。

やれるか、やれないか・・・そう誰にも分からない。でも、人生は全て中途で終る。ならば、中途で終るその日まで、何かに向って生きるって、面白いじゃないか。そう、生きる、生きたい、その日まで。